大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和63年(行ウ)6号 判決 1991年10月01日

大阪府吹田市江坂町2丁目11番27号

原告

山地仲子

右訴訟代理人弁護士

高橋典明

大阪府吹田市片山町3丁目16-22

被告

吹田税務署長 伊藤昭雄

右指定代理人

杉浦三智夫

主文

一  原告の請求を,いずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が原告に対し,昭和61年3月6日付けでした,原告の昭和58年分及び昭和59年分の所得税の各更正及び過少申告加算税の各賦課決定は,いずれも取り消す。

第二事案の概要

一  本件各更正の存在等(当事者間に争いがない。)

1  原告は,その住所地において,「仲」の屋号で給食弁当の製造及び配達販売を行う白色申告者である。

2  原告は,昭和58年分及び昭和59年分(以下,昭和58年及び昭和59年を「係争各年」という。)の所得税につき,別表課税の経緯の確定申告欄記載のとおり確定申告をした。

3  被告は原告に対し,原告の係争各年分の事業所得金額を推計によって算定したうえ,昭和61年3月6日付けをもって,同表更正欄記載のとおり,その事業所得金額及びこれに対する税額を更正する旨の処分並びに過少申告加算税の賦課決定(以下「本件原処分」という。)をした。

4  本件原処分については,同表記載のとおり異議申立て及び審査請求がされた結果,同表裁決欄記載の事業所得金額及びこれに対する税額並びに過少申告加算税額を超える部分については,国税不服審判所長の裁決によって取り消された(以下,右取消しがされた後の更正を「本件各更正」といい,過少申告加算税の賦課決定を「本件各過少申告加算税賦課決定」という。)。

二  被告の主張

1  本件原処分に至る経緯

原告が被告に対して提出した係争各年分の確定申告書は,所得金額欄に事業所得金額が記載されているだけで,収入金額欄及び必要経費欄には記載がされていないものであった。そこで,被告の部下職員は,右確定申告書に記載された事業所得金額の適否について調査を行うべく,再三原告の事業所に赴くなどしたが,原告に代って,被告の部下職員と応対した原告の長男の妻である山地芳子(以下「芳子」という。)は,調査に関係のない第三者を調査に同席させることを要求し,被告の部下職員が,これを退席させて調査に協力するように求めても,これに応じず,係争各年分の申告所得金額を裏付けるような帳簿書類等の提示もしなかった。このため,被告は,原告の係争各年分の事業所得金額を実額で把握することは困難であると判断し,これを推計して,その事業所得金額及びこれに対する税額を更正した。

2  係争各年分の原告の事業所得金額

(一)売上金額

原告の係争各年分の売上金額は,別表1の売上金額欄記載のとおりである。

(二)算出所得金額

原告の係争各年分の算出所得金額(売上金額から一般経費を控除した金額)は,別表1の算出所得金額欄記載のとおりである。

右金額は,(一)の売上金額に,別表2記載の比準同業者の算出所得率(算出所得金額の売上金額に対する割合)の平均値を乗じて算出したものである。

(三)特別経費

(1) 雇人費

原告の係争各年分の雇人費は,別表1の雇人費欄記載のとおりである。

右金額は,(一)の売上金額に,別表2記載の比準同業者の雇人費率(雇人費〔給料賃金及び専従者給与〕の売上金額に対する割合)の平均値を乗じて算出したものである。

(2) 地代家賃

ア 原告は,係争各年当時,事業所兼住居として使用していた吹田市江坂2丁目452番地13所在の建物(以下「本件建物」という。)を有限会社日伸から賃借し,別表3記載の①欄記載の金額を支払った。このうち,事業所得に係る必要経費と認められるのは,事業専用部分である1階部分の床面積割合(64.93%)に応じた,同表③欄記載の金額というべきである。

イ 原告が係争各年において,その事業用に使用していた自動車の駐車場の使用料(地代)として支払った金額は,別表3の④又は⑤欄記載のとおりである。

ウ 右地代及び家賃の合計額は,別表1の地代家賃欄記載のとおりである。

(四)以上によれば,原告の係争各年分の事業所得金額は,別表1の事業所得金額欄記載のとおりとなる。

3  算出所得金額及び雇人費の推計の合理性

(一)別表2記載の比準同業者は,原告の事業所の所在地を所轄する吹田税務署長及びその隣接地域である東淀川,茨木,豊能,枚方及び門真の各税務署長に対し,青色申告書による所得税の確定申告をしている者のうち,大阪国税局長が発した一般通達に基づき選定された,次の(1)ないし(6)の選定基準のすべてに該当する者である。

(1) 給食弁当の製造・販売(配達)業を営んでいること(持ち帰り弁当,店頭販売をしている者及び委託給食業者を除く。)

(2) (1)以外の業種目を兼業していないこと

(3) 年間を通じて継続して事業を営んでいること

(4) 事業所が,吹田,東淀川,茨木,豊能,枚方及び門真の各税務署のいずれかの管内にあること

(5) 売上金額が,23,000,000万円以上114,000,000万円未満であること

(6) 係争各年分の所得税について,不服申立て又は訴訟が係属していないこと

(二)右(一)の基準により選定された比準同業者は,その業種,業態,事業場所,事業規模等において原告と類似性を有し,しかも,帳簿書類の備付けを義務付けられたいわゆる青色申告者であるから,その申告内容の正確性も担保されている。そして,その選定は,大阪国税局長の発した一般通達に基づいて機械的にされたものであるから,選定過程に被告の恣意が入る余地もない。

したがって,右(一)の基準と方法により選定された比準同業者の平均算出所得率及び平均雇人費率については,正確性と普遍性が担保されており,原告の係争各年分の売上金額にこれを乗じてその算出所得金額及び雇人費を推計することは合理的である。

三  被告の主張に対する原告の認否及び反論

1  本件各更正の手続上の違法

芳子は,民主商工会の職員の立会いの下で,被告の部下職員による調査に協力をすることを申し出,係争各年分の事業所得算出の基礎となるべき帳簿書類等も用意していた。そして,芳子は,右民主商工会の職員は,原告が調査への立会いを依頼した者であり,右職員に原告の経理内容が明らかになっても差し支えないことを申し述べていたにもかかわらず,被告の部下職員は,第三者が退席をしないことを理由に調査を拒否したのであって,被告の部下職員による右調査拒否は,何ら正当な理由がない。そうすると,原告の係争各年分の事業所得金額については,芳子の協力によって,その実額の調査が可能であったにもかかわらず,被告の部下職員は正当な理由もなくこれを拒否したものといわざるを得ない。

被告は,このような違法な調査拒否を前提として,原告の係争各年分の事業所得金額を推計して本件原処分を行ったのであるから,本件各更正は,手続上違法というべきである。

2  推計の合理性に対する反論

被告が主張する算出所得金額及び雇人費算出の前提として,被告が把握した比準同業者は,わずか二業者にすぎず,右二業者の算出所得率及び雇人費率の平均値には,右二業者のそれらの中庸値としての意味しかなく,これに,個々の業者の個別の差異を捨象するに足りる普遍性や理論上の平均値としての意義を肯定することはできない。しかも,右二業者の昭和59年の算出所得率及び係争各年の雇人費率には大きな開差があることをも考慮するならば,右二業者の算出所得率及び雇人費率を用いて,原告の事業所得金額を推計することの合理性を肯定することはできない。

3  係争各年分の原告の事業所得金額

原告の係争各年分の事業所得金額は,以下に述べるように実額をもって把握し得る。

(一)売上金額

被告の主張2の(一)(売上金額)を認め,これを援用する。

(二)一般経費

係争各年分の原告の売上原価及びその他の一般経費の実額は,別表4の当該各欄記載のとおりである。

(三)特別経費

(1) 係争各年分の原告の雇人費の実額は,別表4の雇人費欄記載のとおりである。

(2) 係争各年において,原告が支払った地代及び家賃の実額は,別表4の地代家賃欄記載のとおりである。

(四)以上によれば,原告の係争各年分の事業所得金額の実額は,別表4の事業所得金額欄記載のとおりとなる。

四  争点

1  本件各更正の手続上の違法性の有無

2  被告が主張する算出所得金額及び雇人費の推計の合理性

3  売上原価,その他の一般経費及び雇人費についての実額反証の成否

4  地代家賃の実額如何

第三判断

一  本件各更正の手続上の違法性の有無について

課税処分は,課税標準の存在を根拠としてされるものであり,課税標準の認定が正しくされれば,これに対する課税処分の内容は法律上当然に決定される関係にある。したがって,課税処分の適否は,原則として客観的な課税標準の存否によって決せられるべきものであって,仮に,その処分過程に何らかの手続上の瑕疵があったとしても,それが,公序良俗に違反するような方法によって収集した資料に基づいて課税標準を認定するなどの重大なものでない限り,その瑕疵は,課税処分の取消理由とはならないものと解される。そうすると,原告が主張する事実関係を前提にしても,本件原処分に至る過程に,処分の取消事由となるような違法があったとはいえない。

のみならず,課税処分に先立つ質問検査の範囲,程度,時期,場所など実定法に特段の定めのない実施細目については,これを担当する被告の部下職員の合理的な裁量に委ねられていると解される(最高裁判所昭和45年(あ)第2329号同48年7月10日第三小法廷決定・刑集27巻7号1205頁参照。)ところ,証人芳子の証言(第1回)に弁論の全趣旨を総合すると,原告に代って,被告の部下職員による質問調査に応対した芳子は,民主商工会事務局員を調査に同席させることを要求し,被告の部下職員が,これを退席させて調査に協力するように求めても,これに応じず,被告の部下職員の再三にわたる協力要請にもかかわらず,損益計算書のようなものを1枚提出しただけで,申告所得金額算定の基礎となった帳簿書類等の提示はしなかったことが明らかである。右の事実によれば,被告の部下職員による質問調査の過程や,被告が調査を打切って本件原処分をしたことに,被告及びその部下職員の有する裁量権を逸脱・濫用するなどの違法があったとは到底認め難い。

したがって,本件各更正の手続上の違法をいう原告の主張は,失当である。

二  被告主張の推計の合理性

1  原告の業種,業態等

原告が,その住所地において,「仲」の屋号で給食弁当の製造及び配達販売を行う者であること,原告の係争各年の売上金額が,別表1の売上金額欄記載のとおりであることは,前記のとおり当事者間に争いがない。そして,証人芳子の証言(第1回)に弁論の全趣旨を総合すると,原告は,係争各年を通じて右事業のみを継続していたこと,給食弁当の配達による販売のみを行っており店頭販売はしていなかったことが認められる。

2  比準同業者の選定基準及び選定方法

乙1ないし7号証及び証人芝亘の証言によれば,別表2記載の比準同業者は,原告の事業所の所在地を所轄する吹田税務署長及びその隣接地域である東淀川,茨木,豊能,枚方及び門真の各税務署長に対し,青色申告書による所得税の確定申告をしている者のうち,大阪国税局長が発した一般通達に基づき選定された,次の(一)ないし(六)の選定基準のすべてに該当する者であること,その申告書によれば,売上金額,算出所得金額及び雇人費(給料賃金及び専従者給与)が同表記載のとおりであることが認められる。

(一)給食弁当の製造・販売(配達)業を営んでいること(持ち帰り弁当,店頭販売をしている者及び委託給食業者を除く。)

(二)(一)以外の業種目を兼業していないこと

(三)年間を通じて継続して事業を営んでいること

(四)事業所が,吹田,東淀川,茨木,豊能,枚方及び門真の各税務署のいずれかの管内にあること

(五)売上金額が,23,000,000円以上114,000,000円未満であること

(六)係争各年分の所得税について,不服申立て又は訴訟が係属していないこと

3  右1及び2に認定したところによれば,右2の基準により選定された比準同業者は,その業種,業態,事業場所,事業規模等において原告と類似性を有し,しかも,帳簿書類の備付けを義務付けられたいわゆる青色申告者であるから,その申告内容の正確性も担保されていると認めることができる。そして,その選定は,大阪国税局長の発した一般通達に基づいて機械的にされたものであるから,選定過程に被告の恣意が入る余地もない。

したがって,原告の係争各年分の売上金額に,右2の基準と方法により選定された比準同業者の平均算出所得率及び平均雇人費率を乗じることによって,原告の係争各年分の算出所得金額及び雇人費を推計することは合理的である。

4  原告の反論に対する検討

(一)原告の係争各年分の算出所得金額及び雇人費を推計するために選定された比準同業者は,既に見たとおり2業者に過ぎないこと,右2業者個々の算出所得率及び雇人費率には開差があることは原告が指摘するとおりである。

なるほど,推計の基礎となるべき同業者率の普遍性を高めるためには,比準同業者数が多数であることが望ましいことは言うまでもない。しかし,納税者の事業形態の如何によっては,いたずらに比準同業者数を増やそうとしたならば,比準同業者の選定において,納税者との間の類似性の要件を緩和せざるを得ないことになり,かえって,推計の合理性を害することにもなりかねない。本件については,推計の合理性を害することなくより多数の比準同業者を選定し得るような,同業者選定基準があったことをうかがわせるような事情はない。このことに加えて,右1及び2に認定したところに乙41,42号証を総合すれば,右2の選定基準が同業者率による推計に当たって一般的に要求される納税者と比準同業者との間の業種,業態,事業規模等の類似性を担保する足りるものであるというだけではなく,別表2記載の比準同業者の業態については,手作り弁当の配達販売という原告の事業形態との間で具体的な類似性が確保されているということができること,原告の事業所の所在地を所轄する吹田税務署のほかに隣接地域にまで比準同業者の選定範囲を広げたにもかかわらず,右2業者以外に適切な比準同業者を見出すことができなかったことが明らかであり,これらの事情をも考慮するならば,別表2記載の比準同業者数が二業者に過ぎないことをもって,右推計の合理性を否定することはできない。

(二)更にまた,同業者率による推計は,比準同業者と納税者との間,比準同業者相互間にある程度の開差があることは当然の前提とせざるを得ず,単に比準同業者の関係比率に開差があるというだけでは,その平均値による推計の合理性を否定することはできない。もっとも,右開差の程度,開差が生じた原因の如何によっては,推計の合理性を否定すべき場合もあり得るので,検討を進める。

別表2記載の比準同業者2名の算出所得率の開差については,前記推計の合理性に疑いを指し挟むほどのものとは,到底評価できない。右2名の間の開差が比較的大きい雇人費率についても,その開差が,前記推計の合理性を否定する理由にはならないことは,以下に述べるとおりである。すなわち,乙41,42号証及び証人芳子の証言(第1,2回)によよれば,別表2の比準同業者Aは,仕入作業に一部従事するだけで,弁当の製造及び販売の作業にはほとんど従事していないのに対し,比準同業者Bは,1日約12時間にわたり弁当の製造及び販売の作業に全面的に従事していることが認められ,比準同業者Bは,Aと比較した場合には自己の労働力に相当する分の雇人費を節約できており,このことが右両者の雇人費率の開差の原因の一つであると推認することができるところ,原告は,自らが弁当の製造作業に従事するほか,その息子夫婦が低賃金で右作業に従事しており(ちなみに,原告が,その主張を裏付けるものとして提出する甲4,9号証によるならば,芳子の給料は,昭和58年が月給65,000円,同59年は零円である。),原告の雇人費の節約に寄与していると認められる。しかも,比準同業者A及びBは,常雇の従業員を雇用して賞与の支払いもしているのに対し,原告は前記右3名のほかは,一般に賃金水準の低い,経験年数の浅いパートタイム従業員を雇用するのみであったと認められる。これらの事実に照してみるならば,原告の雇人比率は,比準同業者A及びBの平均値よりも低位である可能性が高いものということができる。したがって,原告の売上金額に右比準同業者2名の雇人費率の平均値を乗じて,その雇人費を算出する方法は,原告が現実に負担した雇人費を上回ることなくこれを推計する方法として,充分な合理性を有するものということができる。

他に,別表2記載の比準同業者の算出所得率及び雇人費率の開差が,原告との類似性を否定すべきような特殊事情に起因するなどの事情もうかがわれないから,右比準同業者2名の算出所得率及び雇人費率に開差があることをもって,前記推計の合理性を否定することはできない。

(三)よって,被告の主張する推計それ自体の合理性を否定する趣旨の原告の主張は,採用できない。

三  原告の実額反証の成否等

以上に認定説示したとおり,被告が主張する原告の算出所得金額及び雇人費の推計には合理性が認められるから,特段の反証がされない限り,右推計によって算出される金額(別表1の当該各欄記載の金額)をもって,原告の係争各年分の算出所得金額及び雇人費であるとの事実上の推定をすることができる。

そこで本件において原告がする反証が右事実上の推定を覆すに足りるものであるか否かについて検討する。

1  売上原価について

原告の主張する売上原価のうち,現金による仕入金額である昭和58年分の13,966,000円,同59年分の14,353,000円については,その支払いを裏付けるような領収証等の書証は全く提出されておらず,証拠上,原告主張のように右金額の仕入れがされたことを認めるには足りないといわざるを得ない。

この点につき,原告は,現金による仕入れも含めた仕入金額を集計したものとして甲2及び6号証を提出し,証人芳子は,その第1回の証言において,現金による仕入れは,これを担当する山地隆彦(以下「隆彦」という。)が,毎日の仕入内容と仕入金額をメモ書きにしており,これを芳子が月末に集計して,甲2及び6号証に記入していたとの趣旨の供述をする。しかし,同証人は,反対尋問に答えて,甲2号証は,確定申告をするときに作成したと供述するほか,右のメモの全部は保存しておらず,紛失している方が多かったとか,毎日のメモは紛失しており残りのお金から現金による仕入金額を計算していたとか供述するなど,その供述自体が重要な部分で一貫せず,ただちちには信用し難いものというほかはない。しかも,後記2及び3に認定説示するように,原告がその実額反証のために提出する甲号証の中には,後日,右立証のために作成された疑いを持たざるを得ない書証も少なくないことをも考慮するならば,領収証等の裏付けさえもない甲2及び6号証によって,原告の現金による仕入金額を認定することは,到底できない。

また,原告は,昭和59年当時の弁当の献立とこれに必要な食材及びその推定単価から推計される現金による仕入価格が甲2及び6号証の金額と概ね一致するから,そのことからも,甲2及び6号証の現金仕入金額の正確性は裏付けられていると主張し,右推計の資料として,甲239,251ないし253号証を提出する。しかし,甲239及び251号証の献立表が当時の弁当の内容を正確に再現したものであることや,甲253号証に記載された食材の購入価格の正確性を肯定するに足りる証拠はなく,原告主張の右推計によって,甲2及び6号証の証明力が補強されるものではない。

したがって,原告の係争各年の売上原価については,原告が主張する仕入金額の約50%にも相当する現金による仕入金額を実額で認定するに足りる証拠がないのであるから,その余の点について判断するまでもなく,これを実額によって認定することはできないというほかはない。

2  その他の一般経費について

原告は,係争各年分のその他の一般経費の支出を立証するものとして,甲49ないし135,208ないし238号証(各枝番を含む。)の領収証又は請求書(以下「領収証等」ともいう。)を基礎資料として提出するほか,これを基礎として集計整理がされた甲1,3,5,7,8号証を提出する。しかし,以下に認定説示するように,右領収証等の中には,原告の支出に係る領収証等であることや,当該支出が係争各年分の事業所得を生ずべき業務について生じた費用の支出に当たること(すなわち,事業関連性)をにわかに肯定し難いものが多数含まれており,原告の事業に係る経費明細帳等の帳簿類の提出のない本件において,右甲号証とこれらが係争各年分の一般経費の支出に係るものであるとの趣旨の証人芳子の証言(第1回)によって,係争各年中に原告がその事業に関連して支出した金額を確定することはできない。

(一)係争各年分の事業所得に係る一般経費の支出に関するものとは認め難い甲号証の存在

証人芳子(第1回)は,甲49ないし135,208ないし238号証(各枝番を含む。)の領収証等は,すべて,原告が係争各年分の事業所得に係る一般経費を支出したことに関するものであると供述する。

しかし,このうち,甲132号証の1及び234,235号証に係る支払利息は,茨木カントリークラブのゴルフ会員権購入資金として隆彦に対して貸付けられた金員に係る支払利息であるし(乙26号証。なお,同号証の照会部分は公文書であるから真正に成立したものと認められ,右照会部分と弁論の全趣旨によれば,同号証の回答部分も真正に成立したものと認めることができる。),甲96号証の1,2及び97号証は,芳子の交通反則金及び駐車違反車両の移動措置料金等の支払いに関するものであって,これらは,原告の事業所得に係る一般経費の支出に関するものでないことが明らかである。

更に,右領収証等の中には,領収証の領収日付に照して係争各年分の一般経費の支出に関するものであるとは認め難いものが含まれているほか,領収証等の宛名が原告以外の者となっているものも相当数あり,これらについても,領収証等の記載自体に照し,原告の支出に関するものであるとは認め難い。

(二)支出の主体が不分明な甲号証の存在

甲49ないし135,208ないし238号証(各枝番を含む。)の領収証等の中には,領収証の宛名のないものや,宛名が上様とされているものなど,各領収証等の記載自体からは,当該支出の主体が明らかではないものが相当数存する。これらが,原告の事業所得に係る一般経費の支出に関するものである旨の証人芳子の証言(第1回)は,それ自体一般的かつ抽象的であるのみならず,右(一)に認定したように,同証人が,原告が係争各年分の一般経費を支出したことに関し受領した領収証等であると供述する甲号証の中には,明らかにそれ以外の支出に係るものも含まれている事実に照らすならば,証人芳子の右供述部分はただちに信用し難く,結局,右供述によって,宛名不明の領収証等に係る支出の主体が原告であることを認めるには足りないものというほかはない。

(三)事業関連性が不分明な甲号証の存在

甲49ないし135,208ないし238号証(各枝番を含む。)の領収証等の中には,当該支出の事業関連性の立証が充分とはいえないものもある。すなわち,証人芳子の証言(第1回)によれば,原告は,本件建物を事業所兼住居として利用していることが認められるのであるから,同建物の水道光熱費には,事業所得に係る一般経費としての性質を有する部分だけでなく家事関連費としての性質を有する部分が含まれているというべきであるが,証拠上,これを区分をすることは不可能である。また,領収証等の記載からは購入物品が明らかではないものや,購入物品の性質上家事に関連して購入がされた可能性を否定し難いものなどについても,その事業関連性の立証が尽くされたとはいえない。

以上に説示したような事実に鑑みれば,原告が一般経費の立証のために提出した前記甲号各証と証人芳子の証言によって,原告の係争各年分の一般経費の額を認定するには足りないものというほかはない。

3  雇人費について

原告は,係争各年分の雇人費の支出を立証する基礎資料として,甲10及び12号証(勤務時間一覧表)を提出し,証人芳子(第1,2回)は,係争各年当時,従業員は,毎日,事業所(調理場)の壁に貼ってある一覧表に出勤時間及び退出時間を記入しており,芳子が,毎月月末に,右一覧表に若干の整理を加えてこれを転記したものが甲10及び12号証であり,これに記載された勤務時間に基づき給料の計算をして,その支払いをしていた旨の供述をする。

しかし,以下の(一)ないし(六)に認定説示するところに照らすと,証人芳子の右供述はただちに信用し難く,甲10及び12号証は,後日本訴における立証のために作成されたものである疑いを抱かざるを得ず,これによって,係争各年当時の各従業員の勤務時間を認定することはできない。

(一)甲10号証と証人芳子の証言(第2回)によれば,同号証中の昭和58年4月度(3月26日から4月25日まで)の勤務時間一覧表には,4月1,8,15,22の各日が日曜日であり,休日の日数は4日であるとの記載がされている。しかし,乙35号証によって明らかなように,昭和58年の4月度は,3月27日,4月3,10,17,24の各日が日曜日であり,休日の日数は5日ある。甲10号証の右4月度の曜日の記載は,昭和59年の4月度のカレンダーと一致する。この事実に照らすと,甲10号証中の昭和58年4月度の勤務時間一覧表は,昭和59年のカレンダーを見て作成したのではないかとの疑いを払拭することができない。

この点につき,証人芳子(第2回)は,昭和58年4月度の勤務時間一覧表を作成するときに,曜日の記載を誤ったに過ぎず,同表も従業員が記入していった勤務時間を転記したものに違いないと供述する。しかし,昭和58年4月度に従業員が勤務した日数は,甲10号証中の4月度の勤務時間一覧表に記載された勤務日数より1日多いことは,右に認定した休日の日数の違いから明らかであって,この事実に照すならば,証人芳子の右供述の矛盾は明らかというほかはない。

(二)甲10,12号証と乙21号証(公文書であるから真正に成立したものと認める。)を対象してみると,係争各年当時の勤務状況に関する従業員の記憶と甲10,12号証の記載との間には,勤務時間や賃金単価の点で齟齬があることが認められる。特に,甲10号証には,従業員の谷口千賀子は,昭和59年11月まで原告に勤務していた旨の記載があるにもかかわらず,乙11,21号証によれば,谷口千賀子は,昭和59年7月ころ,大阪府摂津市に転居をしており,その前に,原告を退職していたことが明らかである。この事実に照すと,甲10号証が,係争各年当時に,従業員の勤務時間を正しく記録したものであると認めるについては,疑問を差し挟まざるを得ない。

(三)甲10号証のNo.1ないしNo.23は,いずれも,罫紙に日付,縦罫線,表題部の「度」の文字だけが記入された同一の原本をコピーした用紙に各従業員の勤務時間を記入したものであるが,その表題部のアンダーラインの下のはみ出してコピーされた記載の形状及び左肩部分の黒い影状部分は,甲12号証の12月度の勤務時間一覧表(甲12号証No.29,No.30)の「9」及び「年」の字がアンダーラインの下にはみ出した部分の形状及び左肩部分の黒い影状部分の形状に酷似しており,甲10号証は,後年(昭和59年)分の勤務一覧表である甲12号証No.29,No.30と同一の用紙のうち,表題部の「59年」の文字部分を覆ったものをコピーした用紙を利用したのではないかとの疑いを払拭できない。

この点につき,原告は,甲10号証のNo.1ないしNo.23の表題部のアンダーラインの下のはみ出してコピーされた記載は,昭和57年の勤務時間一覧表の用紙の表題部の「57年」の文字部分を覆ったものをコピーしたときに,「7」及び「年」の字の一部がアンダーラインからはみ出してコピーされたものと思われるし,右の黒い影状の部分は,コピー機のカーボンの具合ないし汚れによるものと思われると主張をする。しかし,甲10号証のNo.1ないしNo.23の用紙と甲12号証No.29,No.30の用紙が同一のコピー機でコピーがされたものであったとしても,昭和59年の1月度ないし11月度の勤務時間一覧表の用紙の左肩部分には,右のような影の存在が認められないにもかかわらず,同年12月度の勤務時間一覧表の用紙にだけ同様の影が出るのは不自然であるし,甲10号証のNo.1ないしNo.23の用紙の原本となった可能性のある昭和57年の勤務時間一覧表の提出もないことを考慮すると,右主張を考慮しても,先の疑いを払拭するには至らない。

(四)甲12号証中,No.19とNo.22,No.28とNo.31は,その形状からみて,一枚の紙を二つに切って,その一部ずつを利用して作成されたものであることが明らかであって,No.19とNo.22,No.28とNo.31とは,別の月の勤務時間一覧表であるにもかかわらず,同一の機会に作成されたのではないかとの疑いを抱かざるを得ない。

(五)従業員各人が出勤時間及び退出時間を記入した一覧表を読取ることが可能であるにもかかわらず,これを転記して甲10及び12号証を作成する必要性があったことを肯定させるような事情も見当らない。

(六)原告が提出し他の書証の中にも,後日,本訴における立証のために作成されたものである疑いを抱かざるを得ないものがある。

すなわち,原告が係争各年分の売上記録として提出する甲184ないし206号証(枝番を含む。)の配達表について,証人芳子(第1,2回)は,係争各年当時,配達担当者が配達の際に作成した配達メモを,毎日の右配達表(甲184ないし206号証)にまとめておき,得意先に対する請求締め日近くになると,1か月分の配達表を繰って,得意先毎の請求書(138ないし183号証。枝番を含む。)を作成していた旨の供述をする。しかし,以下のような事情に照すと,証人芳子の右供述は信用し難く,甲184ないし206号証(枝番を含む。)の配達表は,後日,本訴における立証のために作成されたものである疑いを抱かざるを得ないのである。

(1) 証人芳子の供述に従えば,一枚の配達表に記載された100軒を超える得意先ごとに請求書を作成するためには,一枚の配達表をそれぞれ記載された得意先の数だけ繰らなければならないはずなのに,甲184ないし206号証には,多数回にわたって繰られた場合に生じる汚損や摩耗は見当らない。

(2) 甲184ないし206号証(枝番を含む。)の配達表と138ないし183号証(枝番を含む。)の請求書を対照すると,配達表の記載だけからは請求書の内容が明らかにならないものや,配達表の記載と請求書の記載に齟齬があるものが相当数あり,これらの点に関する証人芳子の証言(第1,2回)や甲248及び249号証を考慮しても,甲184ないし206号証(枝番を含む。)の配達表から,甲138ないし183号証(枝番を含む。)の請求書が作成されたとするについては,なお疑問が残らざるを得ない。

(3) 甲184ないし206号証(枝番を含む。)の配達表は,日付順に綴じこまれているにもかかわらず,甲206号証の24(昭和59年12月28日分の配達表)の右肩部分にホッチキスで綴じ付けられた配達表には,12月13日の日付が記入されている。この点につき,証人芳子は,甲206号証の24(昭和59年12月28日分の配達表)の右肩部分にホッチキスで綴じ付けられた配達表の日付の記入間違いか,本来12月13日の配達表に綴じ付けるべきものと12月28日の配達表に綴じ付けるべきものとを取り違えたものと思う旨の供述をするけれど,仮にそうだとしても,右の事実は,甲184ないし206号証(枝番を含む。)の配達表は,当日の配達内容を毎日記録していたものである旨の同証人の証言に,疑問を差し挟むものというべきである。

以上(一)ないし(六)に認定説示したところに照して判断するならば,甲10及び12号証は,係争各年当時に,従業員の勤務時間を記録したものである旨の証人芳子の供述は,信用し難く,右甲号各証は,後日,本訴における立証のために作成されたものである疑いを抱かざるを得ない。そうである以上,証人芳子(第1回)が,甲10及び12号証に基づいて作成したとする,甲4,9,11及び13号証についても,これを,係争各年当時における従業員各人に対する給料の支払状況を記録したものと認めることはできないことが明らかである。他に,係争各年当時における従業員に対する給料の支払状況を認めるに足りる証拠はない。

4  以上のとおり,原告が主張する売上原価,その他の一般経費及び雇人費の実額については,これを認めるには足りる証拠はなく,結局,前記認定のとおり推計される別表1の算出所得金額欄及び雇人費欄記載の金額をもって,原告の係争各年分の算出所得金額及び雇人費と推定すべきである。

四  地代家賃の実額

1  家賃

弁論の全趣旨によると,原告が,係争各年当時,本件建物を有限会社日伸から賃借していたことが明らかなので,その支払家賃の総額が,被告主張の額(昭和58年は総額378,000円,昭和59年は総額396,000円)を超えると認められるかについて検討をする。

原告は,係争各年の支払家賃を立証するものとして,甲222ないし224号証(家賃金領収通)を提出するけれども,これが真正に成立したことの立証は尽くされていない。そして,乙23号証(このうち照会部分は公文書であるから真正に成立したものと認められ,右照会部分と弁論の全趣旨によれば,同号証の回答部分も真正に成立したものと認めることができる。)によれば,被告が右支払家賃について有限会社日伸に対してした照会に答えて,同会社は,昭和58年分の支払家賃の全額について,甲222,223号証とは異なる内容の回答をしている事実が認められることをも考慮すると,甲222ないし224号証の成立については,疑問を差し挟まざるを得ない。そうすると,原告の係争各年における支払家賃の総額が,被告主張に係る金額(昭和58年は総額378,000円,昭和59年は総額396,000円)を超えることの立証はないことになる。

そこで,右支払家賃のうち,係争各年の事業所得に係る必要経費に当ると認められる部分について検討を進める。証人芳子の証言(第1回)に弁論の全趣旨を総合すると,原告は本件建物の2階に居住しており,本件建物のうち事業所として使用されていたのは1階部分だけであったことが認められる。そうすると,支払家賃のうち,1階部分の家賃に相当する部分だけが事業所得に係る必要経費に当たるものといわざるを得ない。そして,乙22号証によれば,本件建物の総床面積に占める1階の床面積の割合は,64.93%と認められるから,右支払家賃うち,その64.93%に相当する別表3の③欄記載の金額(昭和58年が年額245,436円,昭和59年が年額257,123円)が,必要経費に当たるものと認められる。

2  地代(駐車場使用料)

(一)有限会社日伸に対する昭和58年分の支払地代

弁論の全趣旨によれば,原告が,昭和58年当時,有限会社日伸から駐車場を賃借していたことは明らかである。原告は,昭和58年分の有限会社日伸に対する支払地代を立証するものとして,甲225号証(家賃金領収通の写し)を提出するけれども,その原本が真正に成立したことの立証は尽くされていない。そして,前記乙23号証によれば,被告がガレージの支払地代について有限会社日伸に対してした照会に答えて,同会社は,昭和58年分の支払地代家賃の金額について,甲225号証とは異なる内容の回答をしている事実が認められることをも考慮すると,甲225号証の原本の成立については,疑問を差し挟まざるを得ない。そうすると,原告の昭和58年分の有限会社日伸に対する支払地代の額が,被告主張に係る236,000円を超えることの立証はないことになる。

(二)泰和企画株式会社に対する昭和59年分の支払地代

原告が,昭和59年中に被告主張の240,000円(昭和59年7月から月額40,000円)を超える駐車場使用料(地代)を泰和企画株式会社に対して支払ったことを認めるに足りる証拠はない。

(三)岸部第一住宅自治会自動車部に対する係争各年分の支払地代

原告は,係争各年分の岸部第一住宅自治会自動車部に対する駐車場使用料(地代)の支払いを立証するものとして,甲103号証の1,2,同233号証を提出する。しかし,証人芳子の証言(第1回)及び同人の住所地に照して判断するならば,右各甲号証は,岸部第一住宅4号棟1012号に居住する隆彦個人に対して交付された同住宅内の駐車場の使用料等の領収証であると判断せざるを得ず,他に,原告が事業用車輌の駐車場として右駐車場を使用し,かつ,その使用料を負担したことを認めるに足りる証拠はない。したがって,仮に同号証が真正に成立したものとしても,これによって,原告による地代支払いの事実を認めることはできない。

以上(一)ないし(三)に認定説示したほか,他に,被告が主張する係争各年分の支払地代の金額以上に,原告が地代の支払をしたことを認めるに足りる証拠はない。

3  以上によれば,係争各年分の事業所得に係る必要経費と認めることのできる地代家賃の額は,別表1の地代家賃欄記載の金額と認められる。

五  結論

以上認定したところに基づいて算出される原告の係争各年分の事業所得金額は,別表1の事業所得欄記載の金額となり,本件各更正及び本件各過少申告加算税賦課決定は,右事業所得金額の範囲内においてされたものということができ,いずれも,適法なものと認められる。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松尾政行 裁判官 綿引万里子 裁判官 和久田斉)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例